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さようならブレイク・・・ シャークスのロブ・ブレイクが引退
2010年06月20日 (日) 10:47 | 編集



カリフォルニア州サンノゼ -- NHLを代表するディフェンスマンで、サンノゼ・シャークスの主将ロブ・ブレイク(40)が18日、現役引退を表明した。

「いまが引退するのにいい時期だとわかっていた。悔いはない。前に進むときなのだとわかっていた」。記者会見でブレイクは力強く、きっぱりとした口調でそう語った。

「様々な面で、自分はスピードダウンした。ある程度のレベルでプレーしてきて、到達できないものがある・・・。ビデオを見て、以前より遅くなったと思った。そう思わない人も多いかもしれないが、自分にはわかる」

オンタリオ州の農家で生まれ育ったブレイクは、40歳までNHLでプレーするようなホッケー人生を思い描いてはいなかった。アメリカのボウリング・グリーン州立大学に進み、1988年NHLエントリー・ドラフトでロサンゼルス・キングズから4巡目で指名を受ける。大学を3年で中退して1989年-90年のシーズン終盤にキングズと契約、すぐにプレーオフにも出場した。

1993年のスタンリー・カップ・プレーオフでは、ウェイン・グレツキー率いるキングズの一員として、カップ決勝へも進出。1996年にグレツキーがセントルイス・ブルーズへ去るとキャプテン職を引き継ぎ、2001年にコロラド・アバランチへトレードされるまでチームの中心選手として活躍した。

同年のプレーオフでは6ゴール13アシストを記録し、アバランチにとっては2度目の、そして同僚のベテラン・ディフェンスマン、レイ・ボークにとっては最初で最後のスタンリー・カップ獲得に貢献した。

ブレイクの当たり年はなんといっても1997年-98年のシーズンだろう。長野オリンピックではチーム・カナダのディフェンスで中心的な役割を果たし大活躍、大会最優秀ディフェンスマンに選ばれた。その調子を維持したまま同シーズンにはリーグ最優秀ディフェンスマンとしてノリス・トロフィを受賞している。

長野ではメダルなしに終ったが、2002年ソルトレイクシティ五輪では金メダルに輝いた。2006年にフリーエージェントで古巣のキングズに復帰。その2年後にはシャークスと契約し、主将を務めていた。

キャリア通算成績は240ゴール、537アシスト、777ポイント。ゴール数はディフェンスマンとしてはNHL歴代10位の好成績。また通算136パワープレー・ゴールは、レイ・ボーク(173)とアル・マッキニス(166)に次いでディフェンスマンとしてNHL歴代3位。ボークとマッキニスはホッケー殿堂入りしており、ブレイクも将来の殿堂入りは確実と見られている。


::: は~、ブレイク引退ですか。まだまだやれるんじゃないの、と思ったり、でももう40歳だからなあ、とも思ったり。存在感のあるディフェンスマンだったし、ちょっと寂しくなるかな。

ブレイクといえば、やっぱり98年の長野五輪での活躍が記憶に残っています。チーム・カナダそのものは、鳴り物入りで日本に行ったわりには銅メダルにすら届かず、カナダのホッケー・ファンを大いに落胆させましたが、当時28歳だったブレイクはちょうど脂の乗っていた時期だったのでしょう、大活躍で最優秀ディフェンスマンに選ばれました。

当時カナダに住んでいた人の報告によれば、オリンピックを終えて北米に戻ってきたばかりのカナダ人NHLerたちは「金メダル穫れなかった・・・」という申し訳なさでかなり落ち込んでいたそうですが、ブレイクだけはニコニコと愛想よく、嬉しそうにマスコミのインタビューに答えていたそうです。

1998年は、その勢いを持続してノリス・トロフィも受賞。当時ブレイクは婚約中で、アウォードで「ロサンゼルスで僕を待っていてくれる婚約者のブランディにありがとうと言いたい」とかなんとか、イキイキした表情でスピーチをしていたのを今でもよく憶えています。

2001年には、トレード締切り直前にアバランチへ移籍。カップ獲得をかけて前年にボストン・ブルーインズからアバランチへ移っていたレイ・ボークのために、アバランチが勝負に出ていた故のブレイク獲得劇でした。で、結果としてアバランチはスタンリー・カップ優勝を果たし、ブレイクにとってもキャリア唯一のカップ獲得となったのでした。

NHLにディフェンスマンは数多くいますが、ノリスもカップもゲットして引退するのはけっこう難しいものです。例えばスコット・スティーヴンズはカップ優勝は3度成し遂げていますが、最優秀ディフェンスマンには選ばれずじまい。3度ノリスをもらっているクリス・チェリオスだってカップ優勝できたのは46歳のときでした。それを考えると、ブレイクはオリンピック金メダリストにもなったし、幸せなNHLer人生だったんじゃないかと思います。

今後は、少なくともクリスマスまではホッケーから離れ、ロサンゼルスにある家で家族と過ごしたい、とブレイクは言っていました。その後はホッケーのスカウトかテレビの仕事をするつもりだそうです。




ブレイクと妻ブランディのプライベート・フォト。一緒に写っているのは、LA時代の仲良しショーン・オドネルとその妻アリソン・ダンバーです。ブレイクがテレビの世界に行くのを考えているのは、現役としてプレーしながらホッケー解説でもそつなく仕事をしているオドネルの影響なのかなあ・・・。マルティナ・ヒンギス似の奥さんもタレントの卵だった人だしね。
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