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レイトンまた完封 フィラデルフィアがカップ決勝へ王手
2010年05月24日 (月) 22:16 | 編集



5月22日の試合結果

フィラデルフィア3、モントリオール0
(フィラデルフィア3勝1敗)

第1戦、第2戦に続いて、フライヤーズのマイケル・レイトンがカナディアンズを完封。と言っても、レイトンがセーブしたショットはわずか17本にすぎず、フライヤーズの守備のうまさが光った試合だった。

第1ピリオドは積極的なフォアチェックとスピーディーなスケーティングでカナディアンズが攻めた。しかし第2ピリオド、クロード・ジルーの先制点でフライヤーズがリードしてから、カナディアンズの動きがスローになる。

フライヤーズがニュートラル・ゾーンでカナディアンズのチャンスを潰し、攻撃の糸口すら与えない。逆にクリス・プロンガーのロングパスからヴィッレ・レイノがブレイクアウェイで2点目。カナディアンズのお株を奪うカウンターからの追加点だった。

わずか1ショットに終わった第2ピリオドから立て直し、第3ピリオドは9ショットでフライヤーズを圧倒したカナディアンズだったが、それでもレイトンの守りを崩すことはできなかった。

第1ラウンド、第2ラウンドと、カナディアンズは相手に王手をかけられてから巻き返して勝ち進んできた。快進撃を支えてきたマイケル・キャマレリは「僕らが一番いいホッケーをできるのは、こういう状況になってから。僕らにとってはもうおなじみな感じ。ほーら、まただ、ってね」と以前にも同じ状況に置かれてきたことを強調する。

フライヤーズは、第2ラウンドでボストン・ブルーインズ相手に0勝3敗の崖っぷちに立たされてから、8戦7勝と絶好調。スタンリー・カップ決勝まであと1勝と迫った。「シャットアウトなんかどうでもいい。チームが勝つことだけを考えている」というレイトンが、フライヤーズを1997年以来13年ぶりの晴れ舞台に立たせることができるか。


::: 朝4時に起きて見たこの試合。ハブズがすごくいい動きをしていて、「カウンター頼みのチームだと思ってたのに、こんなホッケーもできるのねー!」と感激したのも1ピリだけ。

2ピリはほとんどショットも打てず、ハブズまったくいいところなし! CBCの実況解説の人も「フライヤーズのニュートラル・ゾーンでの守備はすばらしい」と褒めたたえるほどの堅い守りで、フィリーは余裕しゃくしゃくに見えました。

3ピリはそれでも攻めてたように見えたんですが、イージーなショットばかりで、レイトンにとってはラクな試合だったんじゃないかな。そして終ってみれば、またシャットアウト負け。4試合やって3試合で1点も取れないって、どう考えてもおかしいでしょう。攻撃の練習してんのかな?

キャミーことキャマレリは、キャピタルズのときもペンギンズのときも3敗からカムバックしたし~、というようなことを言っていたようですが、その2つのシリーズと今回は全然違う。

キャピタルズのときもぺんぎんのときも、点はちゃんと取れていた。毎回毎回シャットアウト負けではなかったのです。それだけ、フィリーの守備がいいってことなんだと思います。デビルズが1試合しか勝てないで敗れ去っていったのも頷けるような、フィリーの戦いぶりなのでした。

もしフィリーがカップ決勝に行ったら、1997年以来、13年ぶりのことになります。13年前・・・、そのときのキャプテンは「ザ・ネクスト・ワン」、そう、「グレツキーの次の男」と呼ばれていたエリック・リンドロスでした。

1991年のNHLエントリー・ドラフトで、全体第1位でケベック・ノルディークスから指名を受けたリンドロスは、ノルディークス入団をかたくなに拒否。NHLの介入もあり、仕方ないのでノルディークスは複数の選手と引き換えにリンドロスをフライヤーズに渡します。このトレードでノルディークスに移った選手の中に、後のスーパースター、ピーター・フォシュベリが含まれていたことが、リンドロスの運命の歯車を大きく逆回転させることになりました。

不人気と小さな市場に悩まされていたノルディークスは、1995年にケベックシティからコロラド州デンバーに移転し、新生コロラド・アバランチとなります。名ゴーリーのパトリック・ロワがカナディアンズから移籍してきたこと、フランチャイズ・プレーヤーとして孤軍奮闘していた主将ジョー・サキックの存在、そしてフォシュベリの成長などで、なんとアバランチは移転して最初のシーズンの1996年、スタンリー・カップ制覇してしまいます。

自分が足蹴にしたチームの予期せぬ成功を、リンドロスはどんな思いで見つめていたのでしょうか。奮起したのかリンドロスはその翌シーズン(1996-97年)、フライヤーズ主将としてスタンリー・カップ決勝へとチームを導きます。

決勝の相手は名将スコティ・ボウマンが指揮をとり、スティーブ・アイザマンが率いるデトロイト・レッドウィングズ。1955年以来カップから遠のいていた古豪でした。そして結果は、レッドウィングズの4連勝。レギュラー・シーズンでは控えに甘んじていたベテラン・ゴーリーのマイク・ヴァーノンから、フライヤーズは1勝すらできなかったのでした。

リンドロスがいる間、フライヤーズはそれなりに強いチームでしたが、カップ決勝に進んだのはこれっきり。大柄な体を活かした激しいプレースタイルを身上としていたリンドロスは、相手のボディチェックの標的になることも多く、倒されて脳しんとうに苦しみ、欠場しがちになりました。「ネクスト・ワン」と騒がれてNHLに入った男は、キャリアの最後のほうはぱっとした成績も残せず、念願のカップ獲得も果たせないまま、ひっそりと引退したのです。

リンドロスがノルディークス行きを拒絶したのは、息子の代理人をつとめたホッケー・パパ、アクセルさんの強い意向があったからと言われています。リンドロスが父の言うことをきかず、おとなしくノルディークスに入っていたら、リンドロスのその後のNHLer人生は、随分と違ったものになっていたんじゃないかなあと私は思うのです。

だらだらと書いてきましたが、結局何が言いたかったのかというと、フィリーには「チームりんどろ・破滅の軍団」以来13年ぶりのカップ決勝が控えている(かもしれない)。でももしかしたら、そのせっかくたどり着いたファイナルの舞台で、フィリーは4タテをくらう可能性もある、ってことです(えっ、それだけ!?)。まあでも、フィリー強いですよね。




ジョン・ルクレア、リンドロス、ミカエル・レンベリの3人で構成したフィリーのトップ・ラインは、「Legion of Doom(破滅の軍団)」と呼ばれ、恐れられていました。デカかったし破壊力抜群でした。ルクレアの必殺スラップショット、また見たいなあ。

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