さんくちゅありホッケー BLOG
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レッドウィングズがスティーブ・アイザマンの背番号を永久欠番に
2007年01月06日 (土) 17:58 | 編集


CBSSportsLine.com -- NHLデトロイト・レッドウィングズは1月2日、昨シーズンまでキャプテンを務めたスティーブ・アイザマンの背番号19番を永久欠番とするセレモニーを本拠地のジョールイス・アリーナで行った。

レッドウィングズ選手の背番号が永久欠番となるのは、ゴーディ・ハウ(#9)、テッド・リンジー(#7)、テリー・ソーチャック(#1)、アレックス・デルヴェッキオ(#10)、シド・エイベル(#12)に続いて6人目。

昨年7月、アイザマンは41歳で現役引退を表明。NHL選手としての22年間をレッドウィングズ一筋で過ごし、リーグ最長記録となる20シーズンにわたって主将を務めた。引退後も副社長としてレッドウィングズの組織にとどまる。

1997年、98年、2002年の3回、チームをスタンリー・カップ優勝に導いた。キャリア通算1755ポイントはNHL歴代6位。692ゴールはゴーディ・ハウに次いでチーム歴代2位で、アシスト数1063は「ミスター・ホッケー」ハウの記録をもしのぐチーム歴代1位の金字塔だ。



19番のバナーが揚げられる前のスピーチでアイザマンは、家族やチームのフロント、苦楽を共にした元監督のスコティ・ボウマン、そして元チームメイトたちに感謝の言葉を述べた。

「19番が永久欠番になったのは、ファンの皆さんのおかげ」。アリーナに詰めかけたファンを前に、普段は努めてストイックにふるまうアイザマンも言葉を詰まらせた。「永久欠番はぼくがしたことの証じゃない。ぼくらがチームとして成し遂げたことの証です。すばらしいチームメイトたちにありがとうと言いたい」

1983年、レッドウィングズから1巡目指名(全体第4位)を受けてNHL入り。その頃のウィングズはデトロイト市民から「デッド・ウィングズ(死んだウィングズ)」と揶揄される存在で、1982年のシーズン・チケット販売数はわずか2100だった。しかし「スティーヴィーY」の入団以来チームの人気は上がり、ホームでの試合のチケットは常に売り切れとなる、NHLでも有数のエリート・チームへと変貌した。

キャリア初期の頃のアイザマンは、4シーズンで228ゴールを記録したほどの点取り屋だった。そのシュート力と同じくらいにバックチェックでまわりの尊敬を集める攻守に優れた選手へとアイザマンを変えたのは、後にウィングズの監督となったスコティ・ボウマンである。

キャリア終盤、アイザマンはケガに悩まされた。しばしば試合に欠場し、リンクでのスピードも衰えた。2002-03年のシーズンは、ヒザの手術のために開幕から66試合に欠場。ヒザの故障は選手生命が終ってもおかしくないほど深刻なものだったという。

その他にも顔の骨が砕けるなど、大小のケガに苦しんだ。しかし、アイザマンの競争心の火が消えることはなかった。ボウマンは言う。「今まで一緒に戦った選手たちの中で、アイザマンほど痛みへの耐性が強い人はいなかった。どのスタンリー・カップ優勝も貴重な思い出だが、(2002年に)スティーブがぼくにカップを渡してくれたのがいちばん記憶に残っている。あれがぼくにとって監督としての最後の試合になるだろうね」

アイザマンの妻リサ、そしてイザベラ、マリア、ソフィアの3人の娘たちも参加した永久欠番セレモニーは、1時間半に及んだ。

リンク中央には赤いカーペットが敷かれ、その上にはパックの形をした壇が置かれた。壇上でウィングズ新キャプテンのニクラス・リドストロムから、今年のアイスホッケー世界選手権(オーストリア)の決勝トーナメントを見に行く旅行がアイザマン一家に贈られた。

ウィングズのオーナー、マイク・イリッチはシボレー・タホの新車をプレゼント。「デトロイトが『ホッケータウン』になるのに、あなたは多大な貢献をした。あなたの名前を聞くたびに、人々はレッドウィングズを思い出すのです」。イリッチはそうアイザマンを称えた。

試合前、ミシガン州知事ジェニファー・グラノルムの声明文が発表され、ウィングズの次のホームでの試合がある2007年1月13日が「スティーブ・アイザマンの日」となった。

また、デトロイトのクウェイム・キルパトリック市長はこの日1月2日を同じく「スティーブ・アイザマンの日」とし、ジョールイス・アリーナへ続く道の一つを「アイザマン・ドライブ」と名称変更することも発表した。

「ぼくの名前がスミスとかジョーンズだったらよかったのに」。州と市の決定に、アイザマンは自虐的なリアクションを見せた。「20年たったら、『Yzerman』をどう発音するか憶えてる人なんていないよ。誰もが『アイザマン』と発音するようになるのに20年かかったんだから」

動画リンク:アイザマン引退セレモニー(ウィングズ公式サイト)

動画リンク:永久欠番バナー掲揚(ウィングズ公式サイト)


::: 美しい妻と可愛い3人の娘と一緒に上がっていくバナーを見つめるあいざまんは、神々しいまでにカッコよくて素敵でした。バナーにしっかり『C』マークがついていたのも嬉しかった。このマークがないとあいざまんじゃないものね。

でもバナー掲揚の動画を見ながら、私はやっぱり寂しかった。あいざまん、ほんとに引退してしまったんだー、と思って。もうあいざまんがジャージを着てNHLのリンクでプレイすることはないんだなと思うと、言いようのない寂寥感に包まれてしまいました。

ナッシュビルで、デトロイトで、そしてボストンで、あいざまんのプレイを何度も見られたのは、ファンとして実に幸せなことだったと思います。デトロイトではミスターTさんのおかげでジョールイスでの練習も見せてもらえました。あいざまんのいるロッカールームとドア1枚隔てたところまで近づけました。

残念ながら、現役時代のあいざまんからサインをもらうことはできませんでしたが、あいざまんがウィングズの組織にとどまる限り、どこかのフランチャイズの街で、あいざまんに出会えることがあるのではとひそかに期待しています。

スピーチの中であいざまんは「引退したら、いつも一緒にいると子どもたちと約束した」と語っているので、いまはのんびりと家族との時間を楽しんでいるのでしょう。1年ぐらいはゆっくり休みたいと前から言っていたしね。3人の娘さんたちも大きくなっちゃってて、もうビックリ。しっかり休養して、また元気に、今度はスーツ姿で、リンクに戻ってきてほしいです。
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コメント
この記事へのコメント
ごぶさたしてます。
いまさらですが、今年もよろしくお願いします~。

晴れがましいセレモニーですが、私も「とうとうこれで最後」
という気がして悲しかったです~。
キャリアの後半だけだけど、リアルタイムで彼のプレイを
見られてラッキーでした。
直子さんが紹介されたリンクとかぶってしまいますが、
セレモニーのほとんどが見られるサイトがあったので
リンクをつけておきますね。
2007/01/12(金) 23:32 | URL | CK #MFXbwpwQ[編集]
なつかしい顔がたくさん・・・
CKさん、コメントありがとうございました。こちらこそ今シーズンもよろしくお願いします。
リンクありがとう、見に行きましたよ、ほんとにセレモニーが最初から最後まで見られて感激! 公式サイトの動画にはダレン・パングが出てこなかったので、おかしいな~と思ってたんですが、いきなり司会役だったんですね、あいざまんの親友ですもんね。
そしてチームメイト紹介では、なつかしい顔がたくさん見られて嬉しかった。ホドソン(変わってない!)、ヴァーニー、ラリー、デュシェーン(子どもたちは元気?)、ラリーやヴァーニーよりも大きな歓声もらってたのがさすがデトロイトだな~と思ったボブ・プロバート、そしてヴラディが出てきたところで涙がどばーっと出てきてしまいました。補助つきで歩けるようになったんだねヴラディ。よかったよかった。おハルも出てきたのには笑いました、そういやおハルもデトロイトにいたんだよなーと思って。ダグ・ブラウンとかキルグリストとかも、なつかしい~。キルグリスト、好きでした。コウサーとイゴー教授がメガネ付きだったのも嬉しかったです。
「このセレモニーの動画、CKさんと一緒に見られたらさぞかし楽しいだろうなあ」と思いましたよ。
2007/01/14(日) 08:45 | URL | にゃおこ #-[編集]
思い出がいっぱい
ビデオ見られたんですね!うちはなぜかケーブル回線なのに夜になるとネットのスピードが遅くて、にゃおこさんのリンクの方が確認できなかったんですよ。まったく同じじゃなくてよかったわ~
アイザマンの奥さんを見ながら、私もその昔、にゃおこさんとテレビで彼女をチェキったことを思い出してました。ヴラディが登場したときは私も感涙でした!
デュシェーンの子供たちも大きくなっていることでしょうね~
ギルクリスト、きっちり仕事をこなす、という感じで私も好きでした。腰はもう大丈夫なのかなあ。
2007/01/16(火) 21:01 | URL | CK #-[編集]
「エステに通ったペネロペ・クルス」
なんて、リサ・アイザマンのことを呼んでいた私、ほんと失礼ですよね~、よく見てみたらリサさんはペネロペより美人でした。
この動画を私とCKさんが一緒に見てたら、
デュシェーン登場「ほのぼのレイクとディロンは元気ぃ~!?」
ダグ・ブラウン登場「よっ、逆玉!」
ラリオノフ登場「教授~~~~っ! ワイン飲ませろ!」
などという感じで、盛り上がれたことでしょう。そしてヴラディ登場の場面では、二人して滂沱の涙! いや~いいもんですね、引退セレモニーって。明日はラッキー・リュックことリュック・ロバタイユの背番号がLAで永久欠番になるそうです。そこには福藤さんも居合わせるんですよね。
2007/01/20(土) 16:08 | URL | にゃおこ #-[編集]
ご無沙汰しております
にゃおこさん、先日は小生のほうを覗いていただきありがとうございました。
スティーヴィのセレモニー、映像の始まりの子供の頃の写真で涙腺がゆるゆるになってしまいました。現所属選手がスティーヴィが着た過去のジャージを着ていたのも印象的でした。
ことしから、NHL放送の殆どがJ-Sports Plusで放送されてしまってるので、ESPNのほうではウィングズの試合が未だ再放送の機会なしで寂しい限りです。
今日は本当はSBを生放送で見る予定でしたが、急遽午前中出勤のハメに。午後帰宅するまで、情報シャットアウトを耐え抜かねばなりません。
ではでは。
2007/02/05(月) 08:35 | URL | てりーことてっちゃん #-[編集]
おお~
てっちゃんさん、どうもこんにちは。あいざまんセレモニーの動画、私も最初の写真だけでもうウルウルでした。小さい頃からキュートでグッドルッキングだったんだなあと。でも若くてぴちぴち、お肌つやつやだった頃のあいざまんより、今のシブシブあいざまんのほうが、私は好きです。あいざまんは世界選手権カナダ代表のGMに選ばれました。だ、大丈夫かなあいざまん・・・。
スーパーボウルですが、2年前は定休日を入れて生放送で見た私ですけれども、いま我が家にはBSがないので、夜の日テレの放送まで家族にも「ニュースはつけるな!」と情報シャットアウトを強要し、なんとか日テレをリアルタイム感覚で見ることができました。雨の中のスーパーボウル、面白い試合でしたね。ペイトリオッツを倒したコルツを応援していたので、私には嬉しい結末でした。フットボールに詳しくなかった私でもテネシー大時代から知っていたマニングがもう30歳とは、ほんとビックリです。まだ25歳ぐらいかと思っていました・・・。
2007/02/08(木) 00:07 | URL | にゃおこ #-[編集]
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