さんくちゅありホッケー BLOG
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ペンギンズの日本滞在こぼれ話
2000年10月16日 (月) 22:19 | 編集
ピッツバーグ・ペンギンズの地元紙「Post-Gazette」のサイトに、彼らが日本に滞在していたときのエピソードがたくさん載っていました。 すごくおもしろいので紹介します。

*オーナーのマリオ・ルミュー様(大のゴルフ好き)は、東京近郊のコースでゴルフを楽しみました。 その思い出はまりお様によると、

「アメリカとは全然ちがう。1ラウンドやるのに、6時間から7時間かかるんだ。まず3ホールやって、レストハウスに入って日本酒やビールを飲む。それから6ホールやってハーフを終えたら、またビール飲んで、コースを全部回った後もビールや日本酒飲んで。いい経験になったよ」

「ショットのほうはどうでしたか?」と質問されたまりお様の答えは、
「明らかに、最初の9ホールのほうが後の9ホールよりもよかったな」
だったそうです。

*10月5日(ペンギンズが日本へ来た翌日)の朝、ぺんぎんたちの練習ぶりをチェックするために、まりお様はさいたまスーパーアリーナを訪れました。

ぺんぎんたちは練習を突然中止し、まりお様の座る観客席のほうに向かって全員が滑っていきました。新入りペンギン4人(ミラン・クラフトロマン・シミチェクヨセフ・メリハーセバスチャン・キャロン)がリンクを出て歌い始めたのは、
「Happy birthday to you ...♪」
そう、この日はまりお様の35歳のお誕生日だったのです~。

4人のルーキーに出だしを歌わせるアイディアを思いついたのは、チェコ人コーチのイヴァン・フリンカさん。他のぺんぎんたちも続いて一緒に歌ったり、スティックをプレクシガラスにぶつけて音を出し、尊敬するオーナー様のお誕生日を祝ったんだそうな。

このナイスなプレゼントについてマシュウ・バーナビーは、
「問題なのは、オレたちが6つの言語で歌ってたってこと。みんなが何を歌ってるのか、わかった人がいたかどうか定かじゃねえな」
とオトボケ発言。多国籍ペンギンズならではのエピソードでした。

*今回、ペンギンズの旅のコーディネートをしたのは、大手旅行代理店の日*旅行。
ガイドを務めた「ユキさん」は、いつも陽気で、絶対に「それはできない」と言わない人だったとか。

そんなユキさん、ペンギンズが日本に着いた直後、バスの中で選手たちにバナナを配り、すっかり人気者になったらしい。 ラ、ラウッカネンもそのバナナたべたのかな。やっぱフィリピン産かな。

*さいたまスーパーアリーナの守衛さんたちは軍人みたいな制服を着ていて、選手たちがアリーナから出ていくたびに、敬礼をしていました。お茶目なましうバーナビーは、守衛さんたちに敬礼を返していたんだとか。

カスパちゃんことダリウス・カスパライティスは、日本語で「ありがとう」と言って日本の報道陣を驚かせ、キャプテンのヤロミール・ヤーガーは「日本でいちばんの美人に会いたい」という希望(ワガママ?)叶ってミス日本とご対面でき、とっても嬉しそうにしていたそうです。

*記事には、やろみーるがテレビ朝日の「ニュースステーション」に出演したことも書かれてました。 でも「ヒロシ・クメはトークショーの司会役で、アメリカでいえばデイヴィッド・レターマンのような存在」って、ちょっと違うと思うぞ。やろみーる担当の女性通訳は、NHLから派遣されたそうです。

ところで、このテレビ出演の理由の一つは、日本開幕戦のチケットが完売してなかったので、宣伝を兼ねて、ということだったらしい。 「景気がやっとよくなってきた日本で、65ドルから175ドルするチケットは高すぎる」と記事にはあったけど、15000円=175ドルは計算まちがいでは・・・!?

*ディフェンスマンのイェジ・スレーガーくんは日本での日々を
「すばらしい経験だった。日本を見られてよかったよ。全然違う文化だった」
と語っていました。

ぺんぎんたちは、お寺を訪ね、秋葉原の電気街に感嘆し、それまでの人生でたべた分よりも多く寿司をたべ、床に座って茶道にチャレンジしました。 和太鼓を叩いたり、六本木に毎晩出かけて六本木に詳しくなるなど、短い日本滞在を十分にエンジョイした模様です。

*日本のファンについては、「国内のホッケー・リーグはたいした人気もなく、過去4年間で6試合しかNHLの試合を見たことがないにしては、ホッケーをよく知っている」と、記者さんも驚いていた様子でした。

アレクセイ・コヴァリョフがパックを持って上がっていったときは、まるでゴールをきめたような歓声が上がった。プレデターズがペナルティキルでパックをクリアしたとき、温かい拍手が起こった。ジャンボトロンにマリオが映ったら、ファンは息を飲んでスクリーンを指差した。

そしてヤロミールがパックを持つたびに、または彼の名前がアナウンスされるたびに、「まるで小さな地震のような」拍手が起きた。日本を出発まぎわの成田空港でさえ、ヤロミールはファンにつかまった・・・。

フリンカ監督は「そんな日本のファンにホッケーを見せることができたのは、すばらしいことだった。それに日本は楽しかった」と語っていたそうです。

*日本最後の夜も六本木に繰り出し、翌日午後の帰国の便に乗り込んで15時間。ぺんぎんたちが自宅に着いたのは、夕方6時でした。

その翌日、さっそくピッツバーグの練習アリーナで、「ペンギンズの歴史の中で最もだらだらすることはわかりきっていた」練習を、彼らはこなしたらしい。

今回の日本遠征について、キャプテンでスーパースターのやろみーるは何と言っていたか。

「たぶん、シーズンはじめのほうは、ちょっとしんどいかもしれない。帰ってきて最初の2試合、もしかしたら4、5試合はね。でもそれでいいんだ。日本遠征には、それだけの価値がある。日本っていう別の国を見に来れて嬉しいよ。日本は楽しい。日本人のことは大好きだ。ホッケーでいいプレイができて、遠征も楽しめるなんて、完璧なコンビネーションだよ。そんな経験ができて嬉しい」

そして記事を締めくくっていたのは、こんな文でした。

If the Japanese could hear him, they surely would offer one final bow.
(もし日本人がヤーガーのこんな言葉を聞けたとしたら、まちがいなく最後のお辞儀をしただろう)

まったくそのとおりです。やろみーる、そしてペンギンズ、日本へ来てくれてほんとにほんとにありがとう。
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